彼女の猫は昨日の猫

俺は彼女の猫

俺がこの家へ来た時彼女は眉をひそめていた。

とても可愛いとは言えなかった。

ママ、どうして?

いつも家で一人だと寂しいでしょ?

俺は彼女の言葉は分からない。

ヒトの言葉が分からない。

でも彼女の気持ちは分かる。

この時、俺の心臓に彼女の不満そうな不安そうな思いが溢れてきた。

彼女は俺の言葉を分からない。

俺も彼女の言葉は分からない。

次の日、彼女と一緒に外へ行った。

俺は来た時のように箱に入れられていた。

逆光で彼女の表情は分からなかったが冷たい水が降ってきた。

今日は綺麗な夕日だよ、

なんて言ったのか分からなかった。

でも、彼女も俺も空が大好きだと感じた。

俺と同じことを思っていると確信出来た。

じゃあね、

橋の下に俺を箱ごと置いて彼女は呟いき背を向け歩き出した。

そして気付いた。

(また、同じだ。)

にゃー。にゃー。

(置いていかないで)

必死に言うが彼女は振り向かない。

その時彼女と交代するかのようにこちらに黒い服を着た青年達がやってきた。

おい、何だあれ

猫じゃね?

何を言っているのか分からない、俺の心臓にも届かない。

彼女を見るとその場に立ち尽くしていた。

気付くと彼女はまた俺の前に立っていて乱暴に箱を持ち上げると走り出した。

ガタガタと揺れる箱の中で俺は彼女を心配して呼んだ。

にゃー

(泣かないで、アンズ)

呼ぶと同時に彼女の上から水が大量に降ってきた。

俺の世界と彼女の世界

懐かしいね、もう十二年だよ。

笑いながら彼女は俺と彼女が居る紙を眺めていた。

俺は言葉が分からないけどきっと今同じことを思っているだろう。

ホクト、私とこれからも一緒に居てね。

にゃー

(アンズ、これからも俺と一緒に居よう)

彼女は毎日同じ扉の向こうへ行く。

重たい扉を開けて、俺が行けないところへ知らない匂いをさせて帰ってくる。

俺は彼女しか居ない部屋にいる。

だから彼女が行ってしまうと独りぼっちだ。

俺の一日は毎日透明な板の向こうにある緑や川や大きな建物を見て、彼女が今どこに居るのか考えることで一日は終わる。

そして帰ってくると彼女はいつも泣きそうな顔をして帰ってくる。

だから近くに寄って呼びかけるよりも触って心が通じれば、なんて思いながら呼ぶんだ。

にゃー

(アンズ、大丈夫だよ。俺が居るから)

するとアンズは俺の頭を撫でて悲しそうに微笑む。

その後涙を流して笑う。

俺は彼女が寝るまで毎日隣にずっと居る。

欠かさずずっと、一緒にいる。

次の日になるとアンズは普通になる。

さらさらの毛並みは俺と同じ漆黒の黒

綺麗な茶色い瞳は俺までもを吸い込もうとする。

それじゃ、行ってくるね

手を振り笑顔を見せながら彼女は重い扉の外へ今日も行く。

俺とあの男

もうホクトもおじいちゃんだねー!

うん、もうタンスの上とか飛び乗れないぐらい。

この前失敗して凄い音がなってびっくりしたよ

四角い箱の中から聞こえるのは男の声だった。

前に(といっても随分前に)家に来たオレンジの髪の男の声だと分かった。

俺は彼女が好きだからあの男は嫌いだ。

心臓にはキラキラしてるなんて意味の分からない言葉が届く。

俺は彼女がそのキラキラなんだとあの男を見ていれば分かった。

だってその言葉はいつもあの男が彼女を見ると届く言葉だからだ。

だから、俺はあの男が嫌いなんだ。きっと。

最近やけに彼女は帰りが遅い。

いや、前からだったかもしれない。

もう今までみたいに時間を感じる事は俺には出来なかった。

彼女が扉を開けてこちらへ来るのは朝日が登る少し前。

でも、寂しいとは思わない。

思っちゃいけない。

彼女が抱えている悩みに比べれば俺の寂しさなんてホコリよりも小さいだろうから。

ホクトもう、疲れたよ

力の無い声。

今にも命の火が消えそうな、虫の声のような、小さな小さな声。

でも俺はもうベッドの上にいるアンズの元へ行ってやることすら出来ないのだ。

(弱い俺は、どうしたらいいんだ)

悲しい。でも涙は出ない

猫だから。猫だから。俺が、

猫だから。

アンズ俺は

もし、願いが叶うなら俺は彼女を守れるモノになりたい。

そう願いながら俺は月がまだあるうちに、窓から降り注ぐ月明かりに照らされながら眠りについた。

深く深くでも、とても暖かくて柔らかな眠りに。

夢から覚めると

起きるとそこはテラスだった。

燦燦と降り注ぐ夏の日差しに氷鷹北斗は目を覚ました。

重たい体を起こすと頬に水が流れていた。

ほ、北斗くんどうしたの!?

心配そうにこちらを見るあんずに北斗は力無く答えた。

夢を、見ていただが、

(思い出せない。)

続きを待つあんずに北斗は微笑みかける。

もう大丈夫と。

きっと、幸せな夢を見れたに違いない。

そう呟きながら夏の匂いと青空に北斗は目を細めた