お父様は何故、顯進様に厳しくされたのか

文先生は、近い人を愛する前に、まず遠い人を愛されました。

安倍総理は、お友達内閣などと揶揄されることもありました。

今回の改造内閣では、支持率低下という追い込まれた状況もあり、お友達ではなく、厳しく物申す人も取り込まざるを得ませんでした。

しかし、それが結果的には支持率上昇につながっているように思います。

加計問題にしても、自分のお友達を優遇しているという誤解が問題になっています。

より遠い人をまず大切にしなければならない、というのは一般社会にも当てはまる原則ではないかと思います。

さて、文先生は顯進様を否定するようなことを何度か語られているようです。

その解釈の仕方は、頭を悩ませることであり、大切なポイントだと思います。

詳細を分析し、解釈する力は私にはありません。

一つ思い浮かんだことは、お父様に一番近い存在であったために、逆に完全否定されたのではないか、ということです。

最も近い人を完全否定したなら、えこひいきをしているという言いがかりによる讒訴を、サタンは一切できません。

お父様は、心を鬼にして厳しく否定されたのではないでしょうか。

顯進様は、完全否定された立場において、何をしてこられたのでしょうか。

それでもなお、神様の創造理想、原理原則を守り、今までの統一教会以上の基盤を築いてこられたとしたら、賞賛すべきことです。

お父様が本当に愛したかったのは、顯進様だったのではないでしょうか。

自民党の受け皿は、自民党にしかないようです。

統一教会の受け皿も、お父様の解かれた原理原則を守っておられる方にしかないのではないかと思います。

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